2025.5.14
店主の小咄 vol.11 | 青春に意味がある

春風洞画廊外観
【横井彬/春風洞画廊 】
春風洞画廊は大正5年の創業ですから今年で109年の老舗ということになります。祖父の横井仲次郎は明治8年に岡山で生まれ弁護士を目差して上京して来たのですが耳を悪くしこれでは弁護士は無理と止むを得ず断念し好きな書画の道に入って来たという経歴の持ち主です。
いわゆる書画屋(画商の呼称は戦後のこと)になったのですが、この書画屋の世界はいなせでキップの良い御仁が多く仲間やお客様相手にトラブルがよく起こり警察のごやっかいになったりすることが有った様です。
祖父はそんな時が出番で羽織袴で人力車に乗ってモライ下げに出掛け弁護士崩れの真価を発揮したと母から聞かされています。
二代目の私の父横井勉は18歳の時には歌舞伎役者として売れっ子でしたが屋号の尾上某を襲名するにはその家系の直系でなくてはならずこんな馬鹿な所に居られるかと飛び出したそうです。
福沢諭吉翁の『門閥制度は親の敵でござる』を文字通り味わったのでした。
この話も母から聞かされたのですが日本舞踊を踊り(タップダンスまで踊ります)小唄も好きで絵も文章も上手な父の原点がここに有るのかと合点が行った思いが致しました。
さてその先に父の気性にあった生業(なりわい)がそう有る訳ではなく自ずと家業の書画屋引き継ぐことになったのですが一転役者稼業から転身し、祖父が今で言うオークションの様な絵画ビジネスを手掛けていたことも有り画商仲間のオークションである交換会を開催することになったのでした。
その当時の個人の交換会は丸栄堂の丸栄会、夏目美術店の千束会、春風洞の中央会が覇を競っていたのですが、市場を独占する個人会に対抗して銀座の画廊が中心になって会員制度の相互会を発足させ日本画商相互会、洋画研究会が生まれ正に群雄割拠のエネルギッシュな時代を向えます。現在は個人会は夏目進氏の千束会だけとなり会主が全ての責任を持つ個人会主として活躍されております。
父の経営する中央会を手伝いながら激しい競りや他社との競争の中で様々な経験を積んでおりましたが、矢張り父との会話の中で得たものが大きく目を開かせることになった様です。
父は交換会の仕事をこれは私の天職だと或る時語っていましたが、その時初めて天職と言う仕事が有ることを知り生きて行く上での覚悟のホドに天地の開きが有ると分かりこの時から父では無く人生の師匠という関係になったのでした。
昭和35年に父は京橋に店舗を構えこの画廊を設計した名番頭市川昌介氏が数々の個展を開き新人を世に紹介して行ったのでした。
因みにこの京橋の店は水戸幸商会の吉田誠之助さんのお爺様の口利きで譲り受けたもので実に幸運でありました。
昭和63年に京橋から日本橋に移転しましたが実の所本当に恐かったですね。
世界のコレクター相手に切った張ったを演ずる池内美術店さん(池内克哉さんには私と水戸幸商会の吉田誠之助さんに君達は業界に取って大切な人だからと労わって下さった時は胸が震えました)、瀬津雅陶堂さん、壺中居さんと錚々たるメンバーが軒を連ねお隣の水戸忠の御主人中島洋一氏からは何やら裂地(きれじ)を頂きポカンとしていますと、君それはお祝いだと言われきっと高価で由緒あるものだったのでしょうが今何處に有るのやら分かりません。
瀬津雅陶堂の御主人瀬津巖さんは同窓ということも有って頼りにしていたのですが実は恐ろしい人でした。
鑑賞は創造に勝ると発言していましたので美へのノメリ込みは尋常ではなく、某評論家が魔窟でアヘンを吸っている様なものだと発言していましたがよく言い当てています。
瀬津さんは私の画廊の二階に毎週現れてはどの程度作品が入れ替わっているのかとチェックしに来ている様でお会いした始めから緊張状態が続いておりました。
ある日画廊の二階で某油絵作家のデッサン展を開いていましたが瀬津さんが現れ一点お買い上げ下さいました。数日たちまして連絡があり「横井君来てくれ、今君から頂いた作品を見ているのだが私の持っているモノと並べて掛けているんだ」。
その油絵作家は写実絵画の道を切り開いた天才で30年に亘る写実絵画ブームを演出し何度もヨーロッパの画商に招待され大々的な個展を開いています。
デッサンと言っても極めて細密に写実していますので、本画と同じ様な評価を得ており私は自信を持っていました。
彼の画廊には確かに2点並べられていましたが、「ナ、横井君違うだろコレ引き取ってくれない」と仰るでは有りませんか。
何と相方のもう一点はアンリ・マチスの素描でした。
う~ん二十世紀を代表する大芸術家と比べているのか。
私は黙って代金をお返ししましたが胸中は複雑で例え美の真贋を見極める達人で有っても何処にも甘いところの無いこの巨人にある種無頼漢の様な恐ろしさを感じ取ったのでした。
なるほど私は優れて特別教育を受けていたのかと後年思い返しています。
日本橋に暮らし多くの画家やお客様にお会いでき叱られ励まされながら激動の昭和を渡って来たのかと振り返っております。
この地は私どもが画商としての青春時代を送ったふるさとで有り郷愁とも言える感慨を覚えます。
春風洞史を書かせて頂きましたが、どうぞ皆様には京橋日本橋界隈を散策なさることをお薦めいたします。
お待ち致しております。
【横井彬/春風洞画廊】
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春風洞画廊 Shunpudo Gallery
10:00 - 18:00
〒103-0027 東京都中央区日本橋3-8-10
3-8-10 Nihonbashi, Tokyo 103-0027
TEL:+81-(0)3-3281-5252(代)
WEB:https://shunpudo.co.jp/
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