2023.10.19

店主の小咄 vol.5 | 随想 東仲通り

奈々八に立ち寄る"ローランさん"

奈々八に立ち寄る"ローランさん"

【上畝 文吾】 

詳細は忘れましたが、以前に観た映画『イブ・サンローラン』(2014年)で時代の寵児となった天才サンローランが、骨董街らしき場所を歩いていると一軒の美術商のウインドウ越しに見えた等身大ほどの如来座像に惹きつけられ、それを衝動買いしてアトリエに飾る。

とか何とかそんなシーンがあって、その若い男のエレガントな振る舞いがとても印象に残っている。そしてその買い物シーンを観て、買い物する時って本当にそうだよなぁと深く共感も覚えた。

事実、生前のサンローランも71歳で死去するまで沢山の美術品に囲まれて生活していたようで、死去の翌年の2009年には其の膨大なコレクションが競売にかけられ当時大きな話題になった記憶がある。

話しは飛んで我らが日本橋・京橋の東仲通り界隈でも川端康成、小林秀雄をはじめとする文筆家や安宅英一などの経済人、ロックフェラー3世のような世界有数の大富豪など有名無名の数多の美術愛好家が、劇中のサンローランと同じようにウインドウを覗きちょっと重たいギャラリーのドアを開け、世界レベルの作品群と戯れていたのかと思うと感動を覚えてしまう。ここ東仲通り界隈ではそんな営みが今現在まで連綿と続いているのである。

けれども、いま京橋の街をふらりと歩いてみたとしてもそんなことは誰も知らないし何も感じないし何も分からない。的の外れた例えかもしれないが、ホエールウォッチングに出かけてみても観光船から見えるのは背ビレや尾ヒレばかりで、クジラの全体像はなかなか把握しがたいっていうのと同じというか。

それは各々のお店にどんなお客様がいてどんな品物が流通しているかなど出来る範囲での昔話はしても、美術商が殆ど口外しないからじゃないかと思う。ふらりとお店の中まで訪ねてみてもお店の奥で行われていることの一割も見えない。勝手なイメージだけれど人気有名○○店などにあるように著名人のサイン色紙100枚を壁一面に飾ったりしてくれていればもう少し分かりやすいのだろうが、この街の文化の花は人目に付きにくいやや奥まった所でひそかに開いているように感じる。

それはお客様側も同じで、昭和の時代競うように蒐集していた文化人も経済人もこの東仲通りについて殆ど何も書き残していない。『真贋』くらいか?『万暦赤絵』は大阪の倶楽部や大陸が主だった気がするし、記憶に有る限り京橋界隈を舞台の中心に据えた文学作品には出会ったことがない。『珍品堂主人』なんかびっくり仰天、京橋日本橋なんか一言も出てこない。

美術業界では非常に重要な地域ではあるのですが、なんというか、この街は少し全体に寡黙なんじゃないかと感じる。そしてその寡黙さが魅力なのじゃないかと勘違いしてしまいそうなほど、誰も知らないってことが魅力なんじゃない?って。

でもそんなこと云っていられないので、一生懸命に京橋・日本橋美術街の広報活動励んでいます!!!!

(ここに出てくる映画・文学その他もろもろすべてうろ覚えなので色々許して下さい)

【上畝 文吾 】 

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古美術 奈々八 NANAYA

12:00-19:00
京橋3-7-10 東宣ビル1階
Tosen bldg. 1F, 3-7-10 Kyobashi
TEL:03-3561-8118
WEB:https://nana8.jp/
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「店主の小咄」では、アートなこの街で店を構える個性的な店主たちの寄稿文を掲載しています。美術のこと、まちのこと等、興味のある内容があればぜひ店主のお店を訪ねて話を聞いてみて下さい。

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