2025.6.16

店主の小咄 vol.12 | 平べったい箱の思い出

ノギスで品物を採寸する様子

ノギスで品物を採寸する様子

【丸山恵/megumu art】

 日本の美術工芸や骨董品には、桐箱が添えられていることが多く、特に新作工芸では作家の肉筆サイン入りの箱が作品の一部として扱われます。

修業時代、この箱の採寸と注文は新入りの登竜門のような仕事でしたが、私はこの作業がとても苦手でした。ノギスという特殊な定規で寸法を測り、内布の厚みや木目まで配慮して寸法を出すのですが、なぜか数字を読み間違える。17cmを12cmに、12ミリを7ミリに…。高さと幅を取り違えることもしばしばでした。

 

 数週間後、出来上がった箱が到着し、段ボールを開けた瞬間に嫌な予感。「こんな平べったいお皿の箱みたいなの、私注文した?」——注文書を見て青ざめ、ご主人が戻るまでの間、どうやって謝ろうかと悶々としたことも一度や二度ではありません。ときには高価な塗りの箱を無駄にしてしまったこともありました。

 

それでも、ご主人や先輩方は大きく息をついてから、「……まあ、次は気をつけて」と静かに言ってくださるのです。口調は穏やかでも、その奥にある落胆(と怒り)が感じられ、それがまた、身に沁みました。

 

なお、失敗した箱だけはいつまでも残され、棚の隅からこちらを見ているような気がしてなりませんでした。いつか合う作品が現れないかな・・と私を恨めしく思うように。

ところがそれから長い年月が流れ、独立まで間もない日々、奇跡のようにその箱にぴったり収まる平べったい品が現れ、ついにお客様のもとへ旅立っていったのです。

 

いつしか後輩が入り、苦手な採寸仕事からはお役御免となりましたが、いまは独立し自分で採寸せざるを得ない日々。今でもあの頃の記憶が鮮やかすぎて、いまだにノギスを手にすると心がざわつきます。

ですので今では、作家さんに採寸してもらったり、箱屋さんに丸投げしたりと、向かない仕事は極力人に任せる方針です。

 

棚の奥にひっそり残っている“あの平べったい箱”だけは、もう二度と生みたくないものです。

 

【丸山恵/megumu art】


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megumu art

10:00 - 18:00
〒104-0031 東京都中央区京橋2-12-2 三貴ビル2階
2F Miki bldg., 2-12-2 Kyobashi, Chuo-ku, Tokyo 104-0031 
TEL:090-3451-8637
WEB:https://www.megumuart.com/
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「店主の小咄」では、アートなこの街で店を構える個性的な店主たちの寄稿文を掲載しています。美術のこと、まちのこと等、興味のある内容があればぜひ店主のお店を訪ねて話を聞いてみて下さい。

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